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神葬祭とは

「神葬祭」とは神道の形式で行なわれる葬儀の事を言います。

神道では、人は亡くなった後も、その霊魂は不滅であり、お祀りされた「みたま」は、我々子孫をお見守り戴く「祖霊神」として、永く久しくお鎮まりになると考えます。

「神葬祭」では、祭詞を奏上して、故人の生前の功績をたたえ、遺徳を偲ぶとともに、その後の「祖霊祭」亡くなられた方の「みたま」を丁重にお祀りすることを大切にします。

神葬祭の特徴

「神葬祭」では、亡くなった方のご経歴やお人柄、ご遺徳などを詳しく祭詞で奏上し、御霊が安らかに鎮まりますようお祈り致します。
お参りの際は、ご焼香は行なわず、玉串をお供えした後、二礼、二拍手(しのび手:音をたてない拍手)、一礼の作法で拝礼します。
仏教の位牌に相当するものが、神道では霊璽(れいじ)となります。故人の御霊を霊璽にお遷しして、神霊の宿った御霊代としてお祀りいたします。
神道には戒名がなく、生前の姓名の下に、年齢や性別に応じた尊称~大人命:うしのみこと、刀自命:とじのみこと、等、「~」を付けた諡名(おくりな)を用います。
墓石正面には「〇〇家の奥津(都)城」(おくつき)と刻まれ、家庭では仏壇にかわって祖霊舎(それいしゃ:神式の御霊屋のこと)をお祀りします。

「死の穢れ」について

神道では神事(お祭り)を行うときには、必ず最初に「修祓」と称して、お清めのお祓いを致します。では、なぜお祓いを行うのでしょうか。
実は修祓とは、「罪」と「穢れ」をお祓いし、お清めして生きる力、つまり「生気」をますます強め、昂めていくための大切な神事なのです。
「死」はもっとも重大な「穢れ」であるとされています。死ぬことによって、肉体が崩れてしまうといったことだけではなく、生まれながらにして、神さまからいただいている瑞々しい「気(生気)が涸(枯)れた」(穢れた)結果、生きる力がなくなってしまったとして、恐れ、悲しむ心から「穢れ」であるとしてきました。
つまり、「穢れ」とは、精神と肉体・物質とを問わず、不浄であることや、気滑れることによって、精神的にも肉体的にも生命力が衰えたり消滅することをもいうのです。
このようなことから、「穢れ」に触れるということは、精神的にも肉体的にも生命力が衰えたり消滅したりして、人生を充実させることができなくなるということが理解できます。「修祓」(お清めのお祓い)をすることの意義と大切さがここにあります。

※ 罪:日本人は、昔から「罪」とは、道徳からはずれたり、法律などを破って社会生活の秩序を乱すといったことだけではなく、風水害や病害虫等の自然の災害にあうことも「罪」であると考えてきました。すなわち「罪」とは、人為によることであれ、自然発生によることであれ、人の精神や肉体、さらに自然現象やものごとが正常(清浄)ではない状態を「罪」と考えてきたのです。

※穢れ:「穢れ」とは、不浄なものに触れるといったことだけではなく、よこしまなことを考えたり、言葉にすることも「穢れ」であると考えてきました。

神葬祭に関するご相談

当社では、他の地域から転入された神道のご家庭や、他宗派からの改宗を希望される方の神式での葬儀のご奉仕について、又、墓所についてもご相談に応じております。

※ 詳しいことは社務所までお問い合わせ下さい。

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